文芸賞 部門:詩

文芸賞

部門: 詩

表題: cancer

受賞者: 高知市 田村 七里

生かさぬように殺さぬように
人間をしゃぶりつくすのが
腕のいいcancerというものだ
悪代官のように百姓の
顎を撥ねてしまっては元も子もない
努力の年月が無駄というものだ
中には性悪な奴もいて
あらゆるところに流れついて
人間を破壊しはじめる
若気の至りというところだ
勇み足はcancer道にも悖(もと)る
というのがおれたちの一致した見解だ
人を生かし自分も生きるのが
上達したcancerのあかし
甘ったるい喜びの日々も
悲しみの底なし沼も
いっしょに味わうのが
おれたちの慣わしだ
はねあがり者がいて
数ヶ月で命を奪ってしまう
抗癌剤やら放射線やら
敵さんもやたらとぶちこんでくる
挙句に正常な細胞まで虫の息で
見ていてぞっとする光景だ
おれの宿主のばあさんは九十三で
いたって元気
おれはひっそり生きてきた
欲ばらずに気づかれずに
ばあさんが目を閉じたとき
冷たい風がさあーとおれの上を流れ
そのときおれはおれの終りをしる
ばあさんが死んで数時間
闇の中で潮騒のように物音が
遠のいてゆくのをきいている
そして最後に
無音の闇が残されるばかりだ

文芸奨励賞

部門: 詩

表題: ゴリラの鼻唄

受賞者: 高知市 松岡 寿子

おいらの木の実 真っ赤だぞ
木の実が熟れると 幸せさ
朝日と共に 目を覚まし
夕日が沈めば 眠るのさ
葉っぱの寝床は 快適さ
今日も明日も 明後日も
家族一緒に 暮らすのさ

ニシゴリラの棲むアフリカを起源とする人間
好物は欲望の実
高度な知恵を持つ

人間の祖先は知恵を尽し
火と道具を使うことを知った
言葉 文字 文明社会
背中合わせの欲望の実
芽を出した罪悪
支配 搾取 侵略戦争

知恵の使い道を誤ったのは何故
欲望の実を猶も食べ続けるのは何故
減っていく熱帯雨林で今日の食の為に
知恵を尽すニシゴリラに問うがいい

ホモ・サピエンス=知恵のある唯一のもの
地球上からニシゴリラの歌声が消える時
人間はホモ・サピエンスの学名を失う
その時になって知恵を尽しても
もはや手後れなのだ
ホモ・サピエンスを冠するのは
人間が忘れてしまった鼻唄を
今日も歌っている
ニシゴリラかも知れない

文芸奨励賞

部門: 詩

表題: 種芋

受賞者: 室戸市 島村 三津夫

 母は土蔵の隠居に籠ったきり、出て来なく
なった。口をもぐもぐ言わせては、意味のよ
く分からないことを言っている。
 梅雨の間の晴れた日に、わたしは納屋の掃
除に取りかかった。数年間放っておかれた納
屋の中は、鼠の糞と蜂の巣と鼠を追いかけた
大きな蛇の抜け殻が散乱していた。納屋の床
下は芋壺になっていて、乾燥して萎れた薩摩
芋が詰まっていた。わたしはそれらのものを
裏の畠に捨てた。
 すると 母が何処からとも現れて「なにし
ゆう。来年の春には芋を植えるに蓄えちゃう
に」と言って、両の手一杯に芋を拾って、納
屋の床下へと入り込んでしまった。
 「もう百姓もようせんやろ。ほやきん、種
芋を捨てたがあよ」と言うと
「日照りが来て稲が実らんかったらどうやっ
て食うていくがあぞね。あてが種芋蓄えちゅ
うに。どうせ、あても種芋と一緒に捨てるが
あやろ」いくら説得しても母は芋壺から出よ
うとしない。
 いつしか外は土砂降りの雨になった。その
雨音を聞きつけたのか、母は抱えていた種芋
を持って、畠に出ては手で穴を掘り、干から
びた芋を一つづつ丁寧に植えていく。
 わたしは母と一緒に芋を植えた。ずぶ濡れ
になりながら植え終わると、母は「これで一
年が越せる。孫にややこが生まれても餓えは
すまいぞ」と言って笑った。
 雨に打たれて、冷えて汚れた母の体を洗う
べく風呂場に連れていき服を脱がせる。さっ
き植えた種芋のように細り萎れた母の白い体
を湯船に浸けて、わたしは藁の束でごしごし
と皺の体を洗うのだった。

文芸奨励賞

部門: 詩

表題: 魔法使い

受賞者: 南国市 西山 幸一

魔法の絨毯にのって
世界一周旅行に
行ってみたいとは思わない
魔法を使って
過去へ未来へ行ってみたいとも
あまり思わない
魔法を使って金銀財宝を
手に入れたいとも思わない

ただ言葉の魔法使いには
なってみたい

悲しんでいる人に
寄り添う言葉をかけてみたい

病気で苦しんでいる人には
明るい話をして
いっときでも
病気を忘れてほしい
できれば
生きる希望を抱いてほしい

何をやってもうまくいき
自信満々で歩いている人には
ちょっと立ち止まって
振り返る言葉を投げてみたい

できるなら
苦しんでいる自分に
生きる希望を手にできる
そんな言葉を使いたい

魔法の絨毯はいらないけれど
言葉の魔法使いには
なってみたい

文芸奨励賞

部門: 詩

表題: 目玉焼き

受賞者: 高知市 久保 亜図美

 朝ごはんは半熟の目玉焼き
黄色と白の大きな瞳がねぼけた私をみつめか
えしてくる 毎朝あなたのことばかりを白い
光の中で思い出す あの朝に窓辺でみた光景
を黄色い太陽がまるく切りとる 好奇心だけ
でさわらないで 一度ふれられてしまったと
たんに私の性質は変わってしまった それは
フライパンに落とされた卵がじゅうじゅうか
たまるように 前の状態にはもどせない は
りつく気持ちがこげついてしまう 重なりあ
った黄身と白身ははがされることなくいつも
一緒 あなたと目玉焼きになりたかった 上
に乗せるだけで豪華になる ロコモコ トー
スト スパゲティー ハンバーグはあなたも
好きだよね じゅくじゅくの気持ちが固まら
ない なにをかけて食べるか決められない
お塩 しょうゆ ソース トマトケチャップ
どんな味をつけても中身は同じ ふりまわさ
れるのはもういや 遠心力で破裂するこころ
本当に知ってほしいことはうすい殻の中に隠
れてて 一度かつんと割ってしまったら 秘
密までどろりとこぼれてしまう ちゃんと焼
かないと美味しくない でも火を通しすぎて
もだめ 絶妙な距離感が必要でどうやって接
したらいいかわからない 好きと嫌いが一緒
になってる はっきりとした両極端の気持ち
黄色と白の2色どっちつかず まるごとのみ
こんで胸が苦しくなる できあがりを待って
いてもはじまらない 意味ありげな言葉の裏
表 どこからみてもまるくみえるようで正確
な形はわからないように 名前をつけられな
い気持ちはじわじわこころにひろがっていく
今日も朝がきてまた思い出せばもやもやとざ
わめく熱い胸の中で ぽちっとおとした恋の
たまごが目玉焼きになってふくらんでいく
朝ごはんは半熟の目玉焼き




文芸奨励賞

部門: 詩

表題: 大腿骨

受賞者: 高知市 磯江 眞 知 子

体格が良いので少し時間がかかります
火葬場の職員が私たちに告げに来た

禅宗の僧侶出身の舅は
かわいい子は荒菰で巻けと
ライオン教育で我が子を鍛えた
早朝 枕を蹴って子らを起こし
百姓仕事を登校時までさせた

肥桶を担ぎこぼさぬように
一歩一歩足を踏みしめ坂を上がる
少しでも担ぐ回数を少なくしたい
多量の肥を入れる 重くて胴で担った

学業を終えると夫の兄弟たちは
早々と県外へ散って行った
優秀な兄に比べ全てに劣る夫は
親に認めてもらいたくて家に残った
家業の合間に百姓仕事も続けていた

夫の手はグローブのように太く
胴長短足で車夫のような脚だった

舅亡き後 姑や私と四人の子どもを乗せ
驀進する機関車のようにパワーに溢れ
私の知る夫は自信に満ちていた
如何にして自信を持つようになったか
柔道を始めて勝つ喜びを知ったという
得意技は背負い投げ むべなるかな

骨揚げ室に入るなり
シンメトリーになった大腿骨が目に入る
「見事なお骨です」職員は何回も言った
普通は八百度ですが千度で焼きました
骨を拾うたび白い粉が霧状に舞い上がり
皆の黒い喪服に降りかかる
特大の大腿骨が夫の人生を語る

佳作

部門: 詩

表題: 仕分けの中で

受賞者: 高岡郡梼原町 吉 門  あ や 子

少し長く生きた義母と
もう少し生きたかった連れ合いの
相次ぐ野辺の送りを終え
わたしは一人
残された物の仕分けをしている

葺き替えの茅を切る鋏
石を割る大小ののみ
やっと動かせる大玄翁
使い込んで変形した鍬や鎌
木挽きの大鋸
 お父さん ごめんなさい
 処分します

四十年前は使っていた唐棹
暑さ凌いだスゲの蓑
漬物や味噌の大小の樽
外出着も仕事着も
 ごめんなさい お母さん
 処分します

詫びつつ思い切れる物
手に取っては戻す物

こんなはずじゃなかったと
最後の言葉残した人の
地下足袋だって捨てられない
作りかけたままの諸々
外出の必需品だったバッグ
止まった腕時計
とっくにごみの部類の品々にも
在りし日の面影が浮かび
無念を思うと心が疼く

わたしは ただ後悔
仕分けの中で・・・・・・

佳作

部門: 詩

表題: 十四歳の戦争

受賞者: 高知市 濱 田  喬 子

 この薬は いよいよという時に
 自分の判断で飲みなさい
父が手渡してくれた「白い粉」
母は無言で パンツのゴム通しの中に
縫いつけてくれた
十四歳の少女は
その日から肌身離さず
「死」を身に付けていた

ソ連兵は連日扉を蹴り壊し強奪に来た
その日 少女は庭でひとりぼっちになり
防空壕に隠れて息を潜めていた
 「ダワイ」と叫ぶ声
 マンドリン銃の響き
父の声が蘇ってくる「自分の判断で・・・・・・」
震える手で白い粉を取り出す
迷った 泣けるだけ泣いた
みんなの顔が浮かんでくる
 日本語の上手なハンさんや
 泣き虫のルーシャも
戦争は津波のように
友人たちを奪い去ってしまった
もう一度 一緒に夢を語りたい
握りしめていた白い粉をポケットに入れて
死ぬなんてできないと心に決めた

ソ連兵の靴音が消えた頃
そっと 家の中に入る
父親は既に拉致されていた
泣きじゃくる少女を
白い割烹着が抱きしめてくれた

敗戦 棄民 拉致 強奪 白い粉
命がこぼれそうになった日
たったひとりで戦った
十四歳の戦争

※白い粉(青酸カリ) ダワイ(ソ連兵が強奪の時に使う言葉) マンドリン銃(マンドリンの形に似たソ連兵の銃)

佳作

部門: 詩

表題: あの日

受賞者: 高知市 大江 碧

あの日の青空を
私は決して忘れない

5歳だった私は
朝からずっと祖母の後ろを追い掛けて
お小遣いをねだっていた
しかし いつもは優しい彼女が何故か
その日は一言も口をきかず
私を無視し続けた
私はどうしても納得出来ずついには泣き出し
それでも彼女の後を追い掛けた
要求が通らない事より
虫される事が辛かった
そしてその日は泣き疲れて眠ってしまった

翌日から私は 決して駄々をこねない
聞き分けの良い子になった
私は彼女から 社会のルールを学び
彼女を尊敬して成長した

私が結婚して家を出てながい時が過ぎ
彼女が九十六歳になった頃
私は彼女に呼ばれて実家に行った
彼女は私に「あの日・・・」と言い 私は
その「あの日」がすぐに分かった
私が泣きながら眠った「あの日」を
彼女はずっと忘れていなかった
私と彼女は「あの日」で繋がっていたのだ
お互いが自分を悔い お互いを思いやり
ながい時間「あの日」で繋がっていたのだ
一ヶ月後彼女は安らかな眠りについた

「あの日」の彼女の年齢を私が「あの日」を思う時
私は5歳の自分になったり
「あの日」の祖母になったりする

佳作

部門: 詩

表題: 荒んだ犬

受賞者: 室戸市 松 原  一 成

俺は一気に山の中腹を目指し 駆け上がり
ある一つの墓の前に来て
血塗れの体を横たえる
疲れ切っていた ここは俺の塒なのだ
雲間から月が姿を現し 俺の荒んだ顔に
青白い光りを投げかけている

俺は母親を知らない
物心つく頃には船乗り上がりの
意気のいい彼の手で育てられていた
彼は妻子を亡くした所為もあってか
我が子のように慈しんでくれた
幼い俺は彼が好きだった 傍を離れず
いつも彼の後を追った

突然 彼が交通事故で死んだ
俺は途方に暮れ 彼が恋しくて
火葬場から墓場まで 人込みに紛れ付いていく
それからは当てもなく 野良犬の世界へ

苛めや喧嘩 修羅場の中で泣きながら生きた
強くなった 擰猛さや残虐さも身につけ
いつしか仲間から恐れられる様になった

今夜も仲間を引き連れ
猪を相手に 畑で死闘を繰り広げた
奴を殺して獲物にする為に

目を閉じると 彼の声が聞こえる
俺の名を呼んでいるのだ ジミー ジミー
俺は尻尾を振って駆け 彼の懐に飛び込む
頬ずりが温かい 幼い日々が・・・・・・
だが 狂暴さに魂も荒れ 傷だらけの
変わり果てた俺の姿に
彼は泣いているだろう

俺の目に涙が