文芸賞 受賞作品

文芸奨励賞

部門: 詩

表題: 風になった人

受賞者: 高知市 濱田喬子

あの人を火の中に置き
鉄の扉で生と死に線を引く
式次をとり運ぶ白い手袋の人
無表情で視線を合わすこともなく

何もまとわずに横たわっているあの人
こんなにも脱いでしまったのですか
輪郭のなくなった容(かたち)の前で
白い手袋がゆっくりと動く

長い箸の先で あの人はくずれ
シャワシャワと 何かを訴える
容の中から無言の煙がたちのぼり
わたしを包んでくる

  初めて家に訪ねて来た日 あの人は
  火鉢の灰の上に
  いつまでも 「の」 の字を書いていた
  あれから半世紀を越え
  火鉢も 「の」 の字も消えた
  小鳥たちは巣立っていった
  あの人は絵を描き
  わたしは詩を読みながら……

きっと喉が渇くと思って
柩の枕元にマンゴーを二つ入れた
誰にも聞こえないわたしだけの葬送曲
枯れはじめたわたしの中に
そっと遺してくれたもの 気配、 匂

見つめているとまつ毛が揺れる
声をかけると唇が動く
今日のあの人は
わたしを揺する風なのかもしれない